HOME HOT NEWS 旅行地ガ

イド event tours sitemap
ベルギーについて | 都市別見どころガイド | テーマ別見どころガイド | おすすめモデルプラン
>古代とケルト人〜ローマ時代 >中世 >中世期末・ルネッサンス期  >近世 >新しい王国 
(c)Joseph Jeanmart
 旧石器時代の始めからこの地方にはすでに農耕と漁労を主とする人類がすみついていた。氷河期が去ってヨーロッパの原野に住めるようになると、農耕が盛んになり、金属加工も発達した。西暦一万年の頃、さまざまな民族がヨーロッパ東方から移住してきて、現在のベルギーのあたりに定住し始め、その後ケルト人が移住してきた。青銅時代ケルトのアキテーヌや、ゴール族とは異なった文化を持つベルガエと呼ばれるケルト部族が定住するベルギー地方は、紀元前57年にユリウス・カエサル率いるローマ軍によって征服される。が、中でもベルガエ族はガリアで最も勇猛果敢な部族と、カエサルは「ガリア戦記」に記している。ケルト語で戦士を意味するベルガエ(Belgae)はベルギーの語源となった。
 
 ローマ帝国の属領となったベルギー地方はローマ人からガリア・ベルギカと呼ばれ、ローマ人の優れた組織力によって国内整備が進み、農工業が発展する。道路が作られ、ライン河と北海に臨むブーローニュを結ぶルートにはいくつかの町が物資の中継地として発展していった。ルーヴェン、ブリュッセルなどである。 
  四世紀頃に徐々にキリスト教が低地地方にもたらされ始め、この地方は経済的にも精神的にも豊かな平和な時代であった。しかし、ローマ帝国の衰退とともに5世紀になると、ゲルマンのフランク族が侵入し、この地方を占領した。ローマ帝国はその結果北部を放棄し、南部へと後退をよぎなくされ、その結果ゲルマン語を話す人々の北部とラテン語を話す南部へと二分された。ベルギーがゲルマン系の北部とラテン系の南部と言語境界線によって二分されるルーツがここにある。

中世・5世紀〜14世紀 >>