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| ブリュッセル> ワロン地方> 各地の鐘楼> | |||||||||
| ■建築家ヴィクトル・オルタの都市邸宅(ブリュッセル) | |||||||||
| ブリュッセルにはアールヌーヴォーの巨匠、ヴィクトル・オルタの設計による建築が多くのこるが、その内タッセル邸、ソルヴェイ邸、ヴァン・エトヴェルド邸、そして現在オルタ美術館になっているオルタ邸の4つが世界遺産に登録された。いずれも19世紀から20世紀への芸術・思想・社会の変遷を映すアールヌーヴォー様式の極めて完成した建築的表現の例証としての評価を受けた。各邸宅は、開放的な設計、光の放射、装飾曲線の建築構造への見事な統合といった点に共通の特徴が見られる。 | |||||||||
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| ■ブリュッセルのグラン・プラス広場 |
同所は、主として17世紀の歴史的建造物群(ギルドハウス、市庁舎、王の家、ブラバン公の館)が建築的・芸術的に見事な均衡を保っている点、また、建造物と公共の場としてのこの広場が、商業都市の成長と最盛を如実に表現している点などをもって登録された。 |
| ■ブリュッセルのメイブーム(ユネスコ無形遺産) |
2005年11月25日に指定。ブリュッセルで一番古く伝統あるお祭り。毎年8月9日に行われる。 聖ローランの日の前日である8月9日ににサンザシ(Mayboom)の木を植える祭り。それが終わると町中をブラスバンドや巨人の人形の行列が行われる。 |
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| ■トゥルネーのノートル・ダム大聖堂 |
12世紀前半に建造されたロマネスク様式の極めて大規模な身廊、多様な柱頭彫刻群、5つの鐘楼を担う交差廊を持つトゥルネーのノートル・ダム大聖堂は、イル・ド・フランス地方、ライン地方、ノルマンディー地方からの建築様式の短期間における相当な影響を示す。またセーヌ川以北の大建築物の好例であるその建築規模は、のちに現れるゴシック大聖堂の規模を予告する。さらに13世紀に再建された後陣が純粋なゴシック様式であることから、ロマネスクとゴシックの二様式を併せ持つ。 |
| ■新石器時代の燧石採掘坑(スピエンヌ) |
モンスに近いスピエンヌの新石器時代の燧石採掘坑は100ヘクタール以上の規模を持ち、ヨーロッパ最大かつ最古の採掘坑で、約5千年前より採掘が行われていた。新石器時代は人間の文化的技術的進化におけるひとつの決定的な変革の段階にあたるが、スピエンヌの遺跡は、16メートルにも及ぶ立坑、掘削に使用された多様な手段など、先史時代の人間の優れた応用力と工夫の知恵を示す多くの例証によってそのことを明確に示す。現在一般見学不可。モンスから6km。 |
| ■サントル運河のボートリフト | |||||||||
建造当初から現在に至るまで稼働中のものとしては世界でも唯一の4つの巨大なボート・リフトで、1888-1917年、ムーズ川とエスコー川のそれぞれのドックを連絡してドイツからフランスへの直通幹線を実現するために、その間(ラ・ルヴィエール~ティウ間)に存在する67mの高低差を解消する手段として建造された。ヨーロッパ19世紀の運河建設・水工学発達のひとつの頂点を示す傑出した建造物であり、毎年4万人が訪れる。しかし最近すぐそばを平行する新運河に単独で全高低差を解消する超巨大なストレピ=ティウのボート・リフトが完成してからはその存続が危ぶまれていた。98年の登録にはボート・リフトばかりでなく、運河上の橋梁、付属建築物などの関係施設をも含むラ・ルヴィエール、ル・ルーの敷地全体が対象となっており、このことで炭坑を主軸に工業化したベルギー・サントル地方の19世紀の産業風景がそのまま遺されることになった。見学(ボート乗船)は要予約。 |
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| ■バンシュのカーニバル(ユネスコ無形遺産) | ||
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| ■アトの巨人祭り(ユネスコ無形遺産) |
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2005年11月25日、パリで開催されたユネスコ世界遺産会議で新たに登録。毎年8月第4週末にエノー州の町アトで行われるお祭り。1日目は旧約聖書上の人物に見立てた4mの巨人像による「結婚式」や「戦い」などを再現。2日目はさまざまな巨人が町を行進する。 |
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| ■モンスのデュカスの祭り(ユネスコ無形遺産) | ||
2005年11月25日、パリで開催されたユネスコ世界遺産会議で新たに登録。エノー州モンスで毎年聖霊降臨祭の翌日曜日に行われる。降臨祭は年によって日にちは変わるが、復活祭から50日目に当たる5月初旬から6月上旬の日曜日に行われる。 中世ヨーロッパにおいてペストが大流行した際、現在モンスの町の守護聖人である聖女ウォードリューの加護により人々がペストから救われたことを祝って14世紀頃始められた祭り。 祭りでは聖女ウォードリューの聖遺物箱を乗せた黄金の馬車が練り歩いた後、ドゥドゥDoudouという音楽がなる中、リュムソンLumeçonと呼ばれる聖ジョルジュとドラゴンの戦いが繰り広げられる。 |
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| 約30を数えるフランダース地方とワロン地方の鐘楼は、封建社会から商業を中心とした自治都市社会への移行期にあたる中世末期において、当時の政治的宗教的要求に順応した都市建築形態の素晴らしい例を提供する。これらの塔はいずれも都市の中心部に位置し、たいていの場合市庁舎に付属するが、教会に付属する場合もある。新たに得られた都市の独立を象徴するとともに現世と聖性との連関も象徴する。(写真左:イーペル、右:モンス) | |
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| ■ワロン地方 |
| ・バンシュの市庁舎付鐘楼 ・シャルルロワの市庁舎付き鐘楼 ・モンスの鐘楼 |
・ナミュールの鐘楼 ・タンの鐘楼 ・トゥルネーの鐘楼 |
| ■フランダース地方 |
| ・アールストの鐘楼と助役館 ・アントワープの聖母大聖堂と市庁舎 ・ブルージュの鐘楼と市場 ・デンデルモンドの鐘楼付き市庁舎 ・ディクスミュイドの鐘楼付き市庁舎 ・エクローの鐘楼付き市庁舎 ・ゲントの鐘楼と繊維ホールと旧牢獄 ・ヘレンタルスの旧市庁舎と繊維ホール ・イーペルの鐘楼と繊維ホール ・コルトレイクの鐘楼 ・ルーヴェンの聖ベテロ教会と鐘楼 ・リールの市庁舎と鐘楼 |
・ロレニンゲの鐘楼付き旧市庁舎 ・メッヘレンの鐘楼つき旧ホールと聖ロンバウツ教会の鐘楼 ・メーネンの鐘楼と市庁舎 ・ニウポールトの市場と鐘楼 ・オウデナールドの望楼付き市庁舎 ・ローゼラーレの市庁舎と市場と鐘楼 ・シント・トルイデンの塔付属市庁舎 ・ティールトの鐘楼とホールと助役の間 ・ティーネンの聖ゲルマヌス教会(尖塔) ・トンゲレンの聖母教会(尖塔) ・ヴュルヌの鐘楼つき大邸宅 ・ズートルーの聖レオナルドゥス教会 |
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ベルギー観光局ワロン・ブリュッセル
Belgian Tourist Office Wallonia - Brussels
〒102-0093
東京都千代田区平河町1丁目4番地5号
平和第一ビル
TEL: (03)3237-7101(代)
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同所は、主として17世紀の歴史的建造物群(ギルドハウス、市庁舎、王の家、ブラバン公の館)が建築的・芸術的に見事な均衡を保っている点、また、建造物と公共の場としてのこの広場が、商業都市の成長と最盛を如実に表現している点などをもって登録された。
2005年11月25日に指定。
12世紀前半に建造されたロマネスク様式の極めて大規模な身廊、多様な柱頭彫刻群、5つの鐘楼を担う交差廊を持つトゥルネーのノートル・ダム大聖堂は、イル・ド・フランス地方、ライン地方、ノルマンディー地方からの建築様式の短期間における相当な影響を示す。またセーヌ川以北の大建築物の好例であるその建築規模は、のちに現れるゴシック大聖堂の規模を予告する。さらに13世紀に再建された後陣が純粋なゴシック様式であることから、ロマネスクとゴシックの二様式を併せ持つ。
モンスに近いスピエンヌの新石器時代の燧石採掘坑は100ヘクタール以上の規模を持ち、ヨーロッパ最大かつ最古の採掘坑で、約5千年前より採掘が行われていた。新石器時代は人間の文化的技術的進化におけるひとつの決定的な変革の段階にあたるが、スピエンヌの遺跡は、16メートルにも及ぶ立坑、掘削に使用された多様な手段など、先史時代の人間の優れた応用力と工夫の知恵を示す多くの例証によってそのことを明確に示す。現在一般見学不可。モンスから6km。
建造当初から現在に至るまで稼働中のものとしては世界でも唯一の4つの巨大なボート・リフトで、1888-1917年、ムーズ川とエスコー川のそれぞれのドックを連絡してドイツからフランスへの直通幹線を実現するために、その間(ラ・ルヴィエール~ティウ間)に存在する67mの高低差を解消する手段として建造された。ヨーロッパ19世紀の運河建設・水工学発達のひとつの頂点を示す傑出した建造物であり、毎年4万人が訪れる。しかし最近すぐそばを平行する新運河に単独で全高低差を解消する超巨大なストレピ=ティウのボート・リフトが完成してからはその存続が危ぶまれていた。98年の登録にはボート・リフトばかりでなく、運河上の橋梁、付属建築物などの関係施設をも含むラ・ルヴィエール、ル・ルーの敷地全体が対象となっており、このことで炭坑を主軸に工業化したベルギー・サントル地方の19世紀の産業風景がそのまま遺されることになった。
2005年11月25日、パリで開催されたユネスコ世界遺産会議で新たに登録。











