かつてこのあたりは炭鉱が多く、工業が発展しました。画家ゴッホはこのボリナージュの炭鉱地帯に宣教師としてしばらく滞在し、住んでいた小さな石造りの家が残っています。またカーニバルで有名なバンシュの町はモンスの東15キロ。
アクセス
国鉄
ブリュッセル中央駅からモンス行ICで45分
市内バス
市内には3ルートの巡回バスが走っていて、無料。駅から中央部への移動などに便利。
タリス
パリ北駅からモンス経由リエージュ行で1時間20分
観光スポット
聖ウォードリュ参事会教会
Eglise collégiale Ste-Waudru

© OPT_JP Remy
エノー伯の娘、聖女ウォードリュが7世紀に創設した修道院礼拝堂に由来。現在の建物は15世紀に着工し、予定よりもずっと低い塔が完成したのは17世紀でした。しかし、この端正なブラバント・ゴシック様式の教会は、同じ様式の教会としてはベルギー屈指の美しさを誇っています。内部の装飾も贅を尽くしたもので、なかでも16世紀に地元の彫刻家ジャック・デュ・ブルックの作った数多くの彫刻は見ごたえがあります。また、一隅に置かれている「黄金の馬車Car d'Or」(1780)は三位一体の祝日に市内を行進します。
鐘楼
Beffroi

©OPT_JL Flémal
ベルギーに存在する唯一のバロック様式の鐘楼。1662年建造。エノー伯の城跡に近い小公園の中に立っています。内部には49個もの鐘があります。87mの塔の頂からは、モンスの町並みやボリナージュの工業地帯、風にそよぐ郊外の牧草の波までが一望のもとに見わたせます。1999年にユネスコ世界遺産に登録されました。
市庁舎
Hôtel de Ville

©OPT_Joseph Jeanmart
グラン・プラスに面するルネサンス様式の瀟洒な建物。画家ファン・デン・ステーンの描いた設計図に基いて、1610年にカンタン・ラットがトゥルネー産青石を用いて建造しました。1881年に一度崩壊しましたが、その3年後、元の姿のままに再建。内部にはギャラリーに囲まれた有蓋の広い空間があり、現在は展示会場として利用されています。
市長の庭
Jardin du Mayeur

©OPT_JP Remy
市庁舎の裏にある庭園。噴水の水を道行く人にひっかけようとする悪戯っ子をあらわした、ゴベール作の彫刻「ロピウールの噴水」があります。
フランソワ・デュースベルグ装飾博物館
Musée des Arts décoratifs François Duesberg

© OPT
19世紀に建てられた旧ベルギー銀行の建物を利用。1775年から1825年にかけての高級装飾品を展示。磁器、ファイアンス陶器、金銀細工、時計、彫刻品、ブロンズ像などの豊富なコレクションがあります。
モンス美術館
Musée des Beaux-Arts de Mons
16世紀から今日までの作品を蒐集。とくに19世紀以降のモンスおよびエノー州の芸術家たちの作品を中心に展示しています。
近郊の見どころ
ゴッホの家
Maison de Van Gogh

© Maison Du Tourisme De Mons
オランダの画家ヴァン・ゴッホが1879年から1880年にかけて住みこんだ、炭鉱に勤めるドゥクリュック家の住居。当時そのままに保存されています。1878年、伝道師としてモンス近郊のキューム村(モンスから3km)にやってきたゴッホは、この地で炭鉱夫たちの生活の様子を描いています。
グラン・オルニュ
Grand-Hornu

© OPT_Ricardo de la Riva
1810年に建造された大規模な炭坑複合施設。モンスから約15km離れています。ここからラ・ルーヴィエール、シャルルロワに広がる一帯は、19世紀に炭坑が盛んだったことから「黒い地方」とよばれています。すぐ近くにある中央運河のボートリフトも石炭の運搬を目的として築かれた設備です。グラン・オルニュは、炭坑、附属工場、労働者と経営者の住宅約440戸からなるひとつの都市のような施設で、当時流行したネオクラシック様式の流麗な建築、75平米もある快適な労働者用住居、公園、学校、アーケードなど、どれをとってもワロン地方の近代化の足跡、理想を築く人間たちの活力をつたえる一級の遺産です。現代美術館MAC'sを併設。
バンシュ
Binche

©OPT_JL Flémal
モンスの東、15キロ。シャルルロワに向かう途中の小さな町。ここの呼び物は3月に行われる風変わりなカーニバル。「ジル」と呼ばれる道化師が踊りながら金貨に見立てたオレンジを投げるというもの。その雰囲気は、市内の国際カーニバル仮面博物館でいつでも見学できます。
サントル(中央)運河
Canal du Centre

© OPT_Ricardo de la Riva
モンスから車で20分程のところにラ・ルーヴィエールとル・ルーを結ぶサントル運河があります。建造当初から現在に至るまで稼働中のものとしては世界でも唯一の4つの巨大なボート・リフト。1888-1917年、ムーズ川とエスコー川のそれぞれのドックを連絡してドイツからフランスへの直通幹線をつくるために、その間(ラ・ルヴィエール~ティウ間)にある67mの高低差を解消する手段として建造されました。ヨーロッパ19世紀の運河建設・水工学発達のひとつの頂点を示す傑出した建造物であり、毎年4万人が訪れます。しかし最近すぐそばを平行する新運河に単独で全高低差を解消する超巨大なストレピ=ティウのボート・リフトが完成してからは、その存続が危ぶまれていました。1998年、ユネスコ世界遺産に登録されました。これはボート・リフトばかりでなく、運河上の橋梁、付属建築物などの関係施設をも含むラ・ルヴィエール、ル・ルーの敷地全体が対象となっています。このことで炭坑を主軸に工業化したサントル地方の19世紀の産業風景がそのまま遺されることになりました。
祭り
黄金の馬車行列とリュムソンの闘い
Lumeçon

© OPT_Ricardo de la Riva

© OPT_Alex Kouprianoff
中世の時代、ペストの猛威に襲われたモンス市の人々が同市の守護聖人である聖女ウォードリュの加護によって救われたことを祝ったのが始まり。黄金の馬車とは聖女ウォードリュの聖遺物箱を載せた壮麗な馬車のこと。朝10時に教会を出た馬車が大勢の人々とともに街中を練り歩き、正午に町の中心グラン・プラスへ到着します。12時半になると、賑やかな祭りの音楽「ドゥドゥ」の鳴り響くなか、聖ゲオルギウスと竜の闘いが繰り広げられます。この闘いのことをリュムソンといいます。激しい闘いは圧巻です。三位一体の祝日に開催されます。
モンス出身の有名人
ロラン・ド・ラシュス
Roland de Lassus 1532頃-1594)
オルランド・ディ・ラッソとも
パレストリーナと同じ時代の作曲家。イタリアとミュンヘンで活躍。ルネサンスの多声音楽を代表する人物。
ジャック・デュ・ブルック
(Jacques du Broeucq 1505頃-1584)
ルネサンスの建築家・彫刻家。バンシュ城、マリーモン城、ブッシュ城などを建造。モンスの聖ウォードリュ参事会教会の内陣仕切の彫刻を仕上げる。
シャルル・プリニエ
(Charles Plisnier 1896-1952)
弁護士、新聞記者、ベルギー共産党員、文学者、小説家。『結婚』(1936)で1937年ゴンクール賞受賞。邦訳に『醜女の日記』があります。
ジャン・ポロヴォー
(Jean Provost 1462-1529)
画家、建築家、装飾家。1492年以降ブルージュに住む。宗教画や肖像画を描く。ブルージュの聖ドナチウス教会の内装を担当。
モンスに関係のある有名人
ポール・ヴェルレーヌ
(Paul Verlaine 1844-1896)
友人ランボーを撃った廉で1873年から1875年にかけてモンスの刑務所に収監されていました。ここで『言葉なき恋歌』と『叡智』を書いています。
観光局
モンス市観光局
Office du Tourisme de la ville de Mons
22, Grand-Place - 7000 Mons
Tel : +32/65 33 55 80
Fax : +32/65 35 63 36
http://www.mons.be/home.aspx